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2023年3月 7日 (火)

 柚子と睨みあう

3月1日
 深夜、テレビをつけたら、なつかしいひとの顔があった。
 作家の立松和平。
 どうやら森鴎外の小説「雁」(がん)について、語っているようだ。立っているそこは、上野の不忍池(しのばずのいけ)のほとり。「雁」の舞台はそうだ、東京・本郷から、上野。もっと云えば、本郷と不忍池のほとりのあいだにのびる「無縁坂」が物語の印象の決め手となる。
 小説「雁」のあらすじを紹介するためなのか、立松和平は手持ちの紙に、「岡田 末造 お玉」と書いてゆく。
 この文字もなつかしい。
 まあるい文字は、デザインされたがごとくバランスがとれていて、うつくしいのだ。

 この文字を初めて見たのは22歳のときだった。
 当時勤めていた出版社に、導入されたばかりのファクスから吐き出される紙の上に、見たのである。
 小説「遠雷」が野間文芸賞新人賞を受けた年(1980年)であり、すでに人気作家の仲間入りをしていた立松和平は、「はい、わかりました。どうもありがとうございます」と云って、短編小説の執筆を受けてくださった。まるで出前を頼まれた蕎麦屋のお兄さんみたいだな、と思った。
「原稿とり」が編集者の役割のなかで、大きな位置を占めていた時代が変わりはじめたのが、1980年だったと記憶している。大手出版社は、もっと早くファクスを導入していたかもしれないにしても、2年以上のちがいはなかったはずだ。
 作家から原稿が郵送されることもないではなかったけれども、大方は編集者が作家指定の場所に出向いて、「お原稿を頂戴」するスタイルだった。30枚の原稿を、毎日1枚ずつ受けとりに行ったこともあったなあ。
 立松和平の短編小説は、ファクスで届いた。
「立松和平さま」と書いて原稿拝受の連絡を、こちらもファクスで送ったのが、わたしにとっての初送信だった。
 社長室に置かれたファクス機に、自分で書いた紙を差しこむ。
 すると、どうだろう。機械は拒否するかのように、わたしの書いた紙をそのまま吐きだしたのだ。
 社長室の扉をあけて営業部で、わたしは叫ぶ。
「大変です。送信したファクスがゆかないのです」
「どれどれ」
 1年後輩のヤマシタクンが見てくれた。
「ほら、ゆかなかったのはこれです」
 そう云って、自分の書いた送り状を見せると、ヤマシタクンは目を弓形に曲げて、こう云ったのだ。
「山本さん、ファクスというのは、この紙がそのままゆくわけではないのですよ。大丈夫、送信はされています。安心してください」
「へ?」
 それから10年後、パリダカールラリーに参加した立松さんの仕事を手伝う機会がめぐってきた。そのとき初ファクスのはなしをして、しみじみ笑い、原稿の受け渡しの変遷について語り合ったのだった。

 深夜観たテレビは、「名作をポケットに」というNHKの番組のアーカイブ放送だった。森鴎外も「雁」の内容もどこかへ飛んでしまい、立松和平という作家へのなつかしさでいっぱいになる。


3月3日
 桃の節句の当日。
 春分の日の翌日にお雛さまにお出まし願い、毎日、ちっちゃな器に、ごはんをつけて供してきた。

 卵のサンドウィッチ
 パスタ(ペペロンチーノ)
 湯豆腐
 わかめうどん
 ピッツァ

 なんでもかんでも供してきた。
 寝静まったあと、お雛さま方が「きょうの昼のあれはなんだったのだろう」「ピツというものらしいですよ」「ピッツァと聞こえました」なんて話しあっているところを想像したりする。

 けれどきょうはなんとかして、ちらし寿司をつくってご馳走したい。
 すっかり日の暮れたなか、自転車にまたがってスーパーマーケットへと急いで、いくらの醤油漬け(1,480円)と、スモークサーモン(498円)、菜の花(298円)をカゴに入れる。
 そうだ、柚子を絞って酢飯をつくろう。
 棚の上の柚子(1個198円)としばし睨みあう。これまで柚子を店で買ったことがなかったものだから、のばしかけた手が宙で止まる。
 昨年の夏の終わり、思いきった剪定をしたら、2本の柚子にことしは実がつかなかったのである。
 この冬はよそのお宅の庭先で、店で、柚子をみかけるたび、ああ柚子、と複雑な気持ちになった。じとっと見る、という表現があるけれど、そんな感じだろうか。お金を出して柚子を手に入れるのがそんなにいやなのか、と問われれば、「いや、それはちがう」と答えたくもあり、「そうかもしれない」とも思われて、複雑なのだ。
 そんなふうだから、柚子のほうでも、こちらを窺うようになる。


3月4日
 3日につくった簡単ちらし寿司の酢飯で、「ケチャップライス」をこしらえる。
 どうつくっても美味しいが、不可欠なのは、ケチャップと卵とピーマン。あとはベーコンでも玉ねぎ、キノコ類でも、何でも引き受けてくれる。チキンライス風に炒めるだけだが、酸味がいい働きをしてくれる。
 焼き飯でもケチャップライスでも、ピーマンはさんごのさいごに加える。火を通し過ぎないように気をつける。

 忘れずに、おひな様方へ。

Photo_20230306140601
簡単ちらし寿司です。
酢飯、
柚子の果汁と酢の量は半半としました。
砂糖と塩を少量加えました。

さっぱりとしたちらし寿司です。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

ふんちゃん皆様こんにちは。

3月も色々ですね。
やっと雪の心配もなく坊やとお散歩できます。

さて、長男次男がお雛様を
保育園から作ってきてくれました。

笑ってるようなとぼけているような
愛嬌のあるとはこのことかという感じです。

あと1ヶ月で進級です。
新たな気持ちで頑張ります!

投稿: たまこ | 2023年3月 7日 (火) 11時57分

ふみこ先生、みなさま

こんにちは。
心が軽くなる青空です。畑にいると機体は見えませんが度々ジェット音が聞こえます。
中国山地を超え、日本海を超え飛んで行くのかなと音を追っています。

今日は夫を手伝ってしっかり育ったグリーンピースの苗を支柱を立てネットを張り植え付けました。
あとは、ジャックと豆の木のように天に向かってスクスク育ってほしいものです。
こちらも叔母の山畑の柚子ができませんでした(手を入れていない山畑の柚子なのですが)毎冬、かごいっぱい何度もとりに行き夫が焼酎のお湯わりを楽しむのですが、この冬はレモンでした。
そしてあの大雪で金柑も全滅です。
夫にせんせいの柚子のお話をすると「ほんとうにそうだ。柚子も柿もこどもの時から買って食べるものではなかったなあ」と言っています。

立松和平さん、テレビでよく拝見した時期がありました。朴訥とした語り口を覚えています。
「編集者」というお仕事、最近テレビや映画の中に出ると関心を持ってしまいます。
一冊の本は作家さんと編集者さんの両輪で刊行されるのですね。
ご自分の力でつかみ取ってこられたせんせいの人生は豊かですね。そしてファックスのエピソードがまたわたしをホッとさせてくれます。

「涵養」という言葉、さっそくわたしの「言葉集めノート」に書き入れました。今週はYouTubeで見つけた中島みゆきの「倶に」という曲名から「ともに」と読むことも知りました。

倶に走り出そう、倶に走り継ごう
生きる互いの気配が ただひとつだけの灯火(ともしび)中島みゆき「倶に」から
全ての歌詞に心揺さぶられましたが、この広場にも「生きる互いの気配」をわたしは感じていると思いました。

せんせい、みなさま、今週もご自愛くださいね。

投稿: 岡山のこんちゃん | 2023年3月 7日 (火) 17時15分

ふみこさま

おはようございます。

彩りあざやかなふみこさんのちらし寿司
春のかおりいっぱいでお皿も華やかですてきですね。
おひな様方もおおよろこびですね。

うちでは竹炭のはなどめをいただいたので
そこに咲いたばかりのフリージアをいけてみました~。
横並びに10コもつぼみをつけていておひな様方も
うれしそうでした。ふふ。
このフリージアにらめっこしていただけあって
頑張ってさいてくれたようです。
色々球根をそだててきましたがはっぱとはっぱの
間から花芽の茎がのびてくるとおもっていたのですが
一枚に見える葉っぱがすこしずつふくらみはじめ
つきやぶるようにして横からひょいと花芽がのびてくる
様子が何か力強くて秘密めいていてパワーもらえました。

そうそう実家ちかくの遊歩道の近くの空家のこぶしさん。
もう力強く天にむかってたくさんさいていました~。
ではふみこさんもみなさんもいい一日おすごしくださいね。

投稿: 真砂 | 2023年3月 8日 (水) 07時45分

たまこ さん

「母さん」もともに進級ですね。


投稿: ふみ虫。 | 2023年3月 8日 (水) 19時03分

ふんちゃ~ん

 あのね、あのね……
 1番目ちゃん……落ちたのです。
 不合格。
 え?どういうこと?受かってると思ってたのに……。
 と、1番目ちゃん。
 ひとまず、昨日、12日の後期試験に向けて
 また東京へ旅立ちました。
 夫曰く、宝くじに当たるようなくらいの確率だね~。
 だそうですが、
 それでも、可能性はあるじゃないか~!
 です😁
 前回は、1浪目、成績もなかなかふるわず、
 落ちても、まっ、いいじゃないか……というきもちだったのですが、
 今回は、本人も手ごたえがあったというのもあり、
 わたし……、しっかりきもちがおちました。
 本人の前で落ちるワケにいかず、
 「残念がるのはさ、後期試験が落ちてからでいいよ~!」
 なんて言ったのですが、
 ひとりになると……、
 あいつ……、せまい部屋でひとりきり。
 ずっとがんばってきたよなぁ……って、
 ちょっぴり涙が出ました。
 
 どれもこれも、いい経験。
 まだまだ可能性はある!と思いつつ、
 今回は、落ち込みたかったんだなぁ、わたし。
 でした🤣
 とにかく、しばらく祈って過ごします(笑)。

 そんなことより……、
 酢飯でケチャップライス!!
 ふんちゃんに教えてもらって作ってみたら、
 ものすごくおいしくって、大好きになり、
 それ以来、たびたび作っています!
 それが食べたくて、酢飯を多く作っちゃうくらいです(^^)。
 元気出すために、明日はそれにしようかなぁ……。

 今日の札幌は、雨模様で、
 冬よりもずっと気温が高いのに、
 すごく肌寒く感じました。
 こういうのを繰り返して、あったか~い春がくるのですね。
 たのしみにしています!
 あれもこれも、たのしみに!!

投稿: 空色めがね | 2023年3月10日 (金) 17時32分

岡山のこんちゃんさん

こんちゃん、
「涵養」は、
寮美千子さんのご本に出てくることばですね。
「社会性涵養プログラム」。

こんなことばのとり組みが、
小中学校の授業に年1単位でも行われたら、
どんなにいいでしょう。ね。

できることをしましょうね。


投稿: ふみ虫。 | 2023年3月11日 (土) 18時43分

真砂 さん

ぽん、と飛びだすように、
いろいろいろいろ
咲きはじめました。

ヒトも、それぞれ咲けるといいなあ。
子どもたちを咲かせてあげられる
大人になりたいなあ。

投稿: ふみ虫。 | 2023年3月11日 (土) 18時45分

空色めがね さん

そうでしたか、1番めちゃま。
ふさわしい道は、別になります。

これがこうなりますように、
という祈り方でなく、
いちばんふさわしい道が拓けますように、と、
祈ります。

どこで、何が1番目ちゃまを待っているのだろう……。
気をつけて、目を凝らし、耳をすまして
いようね。

投稿: ふみ虫。 | 2023年3月11日 (土) 18時49分

ふみさまみなさまこんにちは~~~

春の嵐。風、雨、大賑わいの本日です。
でもうららかな青天の春の日は、なんだか本当に「はい、あったかくなった~~動かなきゃ~~」「これは出かけなけりゃもったいな~~い」「さてお花を植える?」「「暑くなる前に冬の落ち葉を拾っておかなきゃ~~」などなどちょっとソワソワもしてしまうので、今日のようなお天気は堂々とごゆっくりおさぼりさせてもらうように時間を流せるのでちょっと好きなんです。


無事にわたくしも一つ歳をとりました。そして1ケ月後の4月10日まではふみさまの持論にあやかって変化を楽しむ時間に充てたいと思っております。

お腹いっぱいのふみさまのおうちのお雛様は無事お帰りになったかな?
→ウフフ、↑のブログ、『春分の日』のつぎの日だとこれからやってくるお日にちだから、きっとふみさま家のおひなさまがお出ましになられたのは『春節』か、『節分』のお間違いよね・・・と双子のアネゴは推理しておりました。(あ、でも、ものをあまり知らない私ですので「ひょっとすると『春分の日』というくくりの歳時が他にも正式にはあるのか?」など、ふみさまの『暮らしと台所の歳時記』をまた本棚からひっぱりだして熟読し確かめちゃいました。( ´艸`)で、確認しつつもまた素敵なメニューと季節の歳時記が面白くてじっくり再読三昧という。( ´∀` )素敵な読書タイムもお誕生日週に味わっておりました。おいしそうなちらし寿司のお写真、わたしもしれっと三人官女のふりしてご相伴にあずかりたかった~~~


立松和平さんの素敵な文字がどうしても見てみたくてスマホにて検索してしまいました。「立松和平 直筆」でヒットしてきまして
「ああこれなのね・・・」としばしウットリ。
本当に今の時代の進歩に感謝感謝の気持ちでございます。この文明の進歩力をもってすれば、そのうちシュルルル~~とふみさまからの直筆のお手紙が未来ファックスシステムによりスポンと瞬間的に私に届く時代もくるかもしれませんよ~~
→私もコンビニからファックス送るときについつい「行ってしまった」感覚にになり原稿を取り忘れることありましたありました。

そしてまたもや、引き寄せ~~

空き家実家の柚子、昨年は2個だった問題。

これもおそろいなのね~~\(^o^)/

母が施設に入居した3年前には大きなコンテナに2箱分もゆずが実り施設の職員さんにもさしあげたぐらいでしたのに、2年前はコンテナ半箱くらい、そしてついに昨年は2個でした・・・(´;ω;`)ウッ…

ことしはたくさん実りますように・・

そんな気持ちもこめて日曜日にだんなさんと実家の庭のお掃除に行ってきました。ちょっと病気っぽい柚子の木の葉もおとして様子見。どうなるかな?とにかくこれから春!いろいろなものが芽吹いてきますね。ほったらかしの水仙も黄色のお花をさかせていました。枯れ葉で焼き芋おいしかったです。

でもがんばりすぎてその日の夜から腕と肩の筋肉痛半端なく鎮痛剤を飲んだほど・・・張り切りすぎもよくありませんね。変化と学びの1ケ月。大事に過ごします。


場所おかりします!

空色めがねちゃん!!

昨日ね、ネットを読んでいたらこんなニュースが私の目にとびこんできたのよ~。
 

物事がうまくいくと増え、期待が外れると減ると考えられてきた脳内物質ドーパミンは、期待外れの際も増えることを、京都大などのチームが動物実験で突き止めた。

思うようには進まないのが人生。でも本当に人間の身体ってよくできていて、じゃんじゃん涙を流すとスッキリしたり、こんなふうに、ドーパミンもしっかり分泌されて次へすすむ元気の素を出してくれるのね~って。


よくふみさまがお話くださる
うまくいかなさをたのしむ。おもしろがる。
その言葉は本当に力になります。
でも自分の事なら全然大丈夫でも1番めちゃんの気持ちを考えてしまうからこその落ち込みですよね。本当にこの先、どんな道がこれから開けていくのか、アンテナを張ってサポート一緒にしてあげないとですね。まずは後期試験ファイト!私も一緒に祈らせてくださいね。


投稿: おきょうさん | 2023年3月13日 (月) 17時36分

おきょうさん さん

おきょうさんさんがひな壇に坐っていたら、
ずっとわたしはそこにいて、しゃべるだろうなあ。
しまいには、 おきょうさん人形を抱えて、
散歩をするだろうなあ。

想像するだけで、たのしくなります。

酒盛りもするんだろうなあ。


投稿: ふみ虫。 | 2023年3月13日 (月) 20時12分

ふんちゃん、おきょうさん さん

 ありがとうございます!
 
 別の道があるのだな……と
 わたしも、感じていました……。
 けれど、やはり1番目ちゃんのきもちを考えると……
 と、落ち込みたかったんですね~きっと(^^)。
 おかげで、一緒に落ち込む母を経験できました!

 そうか~、涙のおかげでドーパミンが出たのかもしれないですね!
 そのあとは、きもちがラクになりました~。
 ケチャップライスも作って食べたし!!

 またしても、できた感はあったらしく、
 明日、東京から帰ってきます。
 どうなるかなぁ~。
 今度も、たのしみに待つことにします。
 アンテナ張って!!

 本当にありがとうございます!
 

投稿: 空色めがね | 2023年3月13日 (月) 21時17分

空色めがね さん

おたよりありがとうございます。

祈ってます。
何より、
1番目ちゃんが、よかったなあと
思えるように、祈ってます。

投稿: ふみ虫。 | 2023年3月17日 (金) 19時26分

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