バースデイ・シチュウ
11月21日
友だちふたりと会って、散歩。
久しぶりだったから、わたしは「二丁機関銃」のように、喋る。
この時代に、庶民が「二丁拳銃」とか「機関銃」と云っても書いてもいけないと思うのだけれども、つい書きたくなるほどの勢いで、喋った。
自然を観察できる、熊谷からそう遠くない町の公園に東京からやってきてくれたふたりは、弾丸を浴びながら、にこにことゆったり応じてくれている。
昼過ぎ、うっかり公園からはみ出したところに蕎麦屋をみつけて、客となる。
うれしや、新そばが出ている。十割蕎麦と二八蕎麦の二枚盛りというのを注文。ぶりの煮つけ定食という貼り紙をみつけて、「ぶりの煮つけだけいただきたいのですけれども」とたのむ。
日本酒を飲みたくなったが、ぐっと我慢する。
なぜかというと、夜、熊谷駅近くで「飲もう」という約束になっていたからだ。それにこの先また「二丁機関銃」」をつづけるとしたなら、正気でいなくてはならない。
じつはわたし、いける口だ(そうでなかったらよかったのに、と思うこともあります)。だから少し飲んだくらいで正気を失うことはないのだが、その昔、父と交わした協約が、わたしを踏みとどまらせる。
「おまえ、いける口だな。うちのまき(=血縁集団)の血だな」
「そのようです」
「だがな、どんなときもがぶがぶ飲んだりしてはだめだぞ。いちにちのうち、昼も夜も飲むのもいけない。酒のいい面が薄まるからな」
「昼も夜もなんてことは、ないです」
「いや、そのうち、そんな機会もできるだろうよ。ぼくも戒めているのだよ。ハハハ」
「わかりました。約束します」
「父娘協定だな」
いける口だとか、がぶがぶとか、昼も夜も飲んだりしない協定とか、まったくどうかしているなと思う。
学問がいける口だったりしたら、どんなによかっただろう。
しかし、父のきょうだいに混ざって「飲む」のはたのしかった。父の弟たち、妹たち、つまりそれはわたしにとっては叔父叔母になるわけだが、みんなうつくしいひとだったのである。うつくしいひとたちが結構な量飲むのだが、その所作は床しかった。
さて、新そばを食べたあと、わたしたちはまた歩きに歩き、途中雑貨店に寄ったり、喫茶店で健康茶を飲んだりして、夜、熊谷の駅にほど近い店で、お酒を酌み交わしたのであった。
11月26日
誕生日だ。
気分は47歳という感じなのだが、どうやら65歳になったらしい。
児童文学者で、ともに東京都武蔵野市の「子ども図書館文芸賞」の審査をする山花郁子さんが昨年、こう云うのを聞いた。
「わたしね、92歳になったみたいなの」
「え! それは何かのまちがいでしょう」
ずいぶん長く仕事をご一緒している山花郁子さんのことを、わたしはいつも自分よりちょっと歳上、というふうに思ってきたからだ。
「まちがいではないのよ。このあいだうちの猫がね、こう仰向けにひっくり返って眠っているのを見ていたら……」
そう云って、山花郁子さんは思い出し笑いをしている。
「猫さんがひっくり返って……?」
「ひっくり返っているから、わたしもひっくり返っちゃおうとね、思ったの。92歳をひっくり返すと、29歳じゃない? そんな感じでやってゆこうと思うのよ」
そのやり方でゆくと、山花郁子さんはことし39歳になり、来年は49歳になる。その先はきっとまた別の案を生じさせて、「ことしは30歳ちょうどよ」なんて云われるのにちがいない。
さてきょうは家にいて、せっせと仕事をする日だ。
夫は麦播きをしている。
シチュウでもつくろうと思いついて、ストーブの上でメイクィーンを皮のついたまま、2個茹でる。別の鍋で、野菜をオリーブオイルで炒め、小麦粉を加える。ルウをつくっているのである。ここに、茹でたメイクィーンを茹で汁ごと入れて、またストーブで煮こむのだ。
仕事をする背中あたりに、美味しそうな香りがひろがっている。
「がんばれ、ふみこ」
「Happy birthday to you!」
というふうに、ことことと。
やがて牛乳を注ぎ入れ、前の日に火を入れておいた鱈(たら)——スーパーで安くなっているのをみつけた!——とバターを加え、小松菜も加えて完成。
メイクィーンを割らずそのまま器によそう。豪快。
11月27日
仕事をしているあいだに、履いていたはずの草履のうちのひとつがいなくなった。机にもぐって探すが、みつからない。家出したのかもしれない。
しかたがないから、夫が土間で履いているサボ(サンダル)を片方借りて履く。片方草履、片方サボの足を見て、笑う。
これは、2023年のわたしを象徴しているようだ。
整理のつかなかった事ごとを整理し、草履は草履同士、サボはサボ同士合わせる、そんな年だった。
そうだ、ことしの誕生日祝いに、わたしはわたしに土間用の草履を贈ろう。いま履いているのが擦り減ってきて、ちょっと滑るから。
「そうするがいいよ」
と云いながら、家出を疑った草履が本棚の陰からあらわれた。
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