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2025年1月の投稿

2025年1月28日 (火)

干し芋讃歌

1月21
 その昔、冬になると、母はガス台の上に網をのせて、平べったいものを焼いた。
「それはなあに?」
 と、わたしは訊いたのだろう。「ほしいも」と発音するときの、母のうれしそうな顔が、いまも浮かぶ。

 子どものころ、「ほしいも」がさつまいもを蒸して(煮たり茹でたりする工程のものもあるようだ)乾燥させた「干し芋」だとは思わなかった。
「食べてみる?」
 と母に云われて、網にのせてあぶったそれを、食べてみたことがあったが、子どものわたしに「干しいも」の滋味も、おいしさもわからない。母がうれしそうに食べている「ほしいも」がさつまいもの変身だと知ってからはなおのことで、「さつまいものほうが、好き」と思っていた。

 大人になってからも、「干し芋」との縁(えにし)は結ばれなかった。
 長女の梓が「干し芋、干し芋」と云って、よく食べているのを見て、母の「干し芋」はここへつながったのだな、と思った。
 茨城県に通う仕事ができて、定期的に通うようになった梓が、数年前から、口で云うだけでなく、「干し芋」をあぶってわたしの前に置くようになった。
「ほら、茨城の干し芋は、ほんとうに美味しいのよ」
 食べない道はない、と云わんばかりだ。

 こうしてだんだん馴染んでゆき、気がつけば「干し芋」を贔屓(ひいき)するわたしになっている。
 昨年の暮れに梓から分けてもらった大量の茨城県産「干し芋」を、わたしは小分けにして冷凍した。
 きょうもきょうとて、この甘み、滋養に励ましてもらいながら、仕事している。これがあるのとないのとでは、仕事の進捗(しんちょく)もちがうと思う。灯油ストーブの上に小さなフライパンを置き、そこで、軽くあぶって食べる。


1月22
 日当たりのいい廊下に、熊谷の家の蔵でみつけた長細い台をふたつ重ねて置いている。多肉植物さん方をならべたかったのだ。
 東京に住んでいるとき、家にきてくれる宅配業者のオオタサンが、自宅で育てている多肉植物の赤ちゃんを運んできてくれるよういなったのが、はじまりだ。
 なんでもオオタサンは、自分で育てた多肉植物がふえ過ぎて、「妻にふやし過ぎ!と叱られるようになった」そうだ。スーパーマーケットでよくみかける惣菜容器に、ぎっしりあれこれ多肉植物の赤ちゃんがならでいる様子は、あまりにもかわいかった。
「うわあ」
 と歓声をあげたからだろうか、それから、オオタサンの赤ちゃんは、ときどきうちに届けられたのである。ふやし方、育て方、夏越しのこと、ときどきは水をやらなくてはいけないことなんかを、オオタサンは、玄関先でよくおしえてくれた。
 家の近くの通りを歩いているとき、
「山本さーん」と声をかけてくれることもあった。
 ズボンのポケットから、仕事用のじゃなく、自分用の携帯電話をひっぱり出して、「ほら、これにこんな花が咲いたのですよ」と云って、写真を見せてくれたりした。
「いつか、山本さんの家でも花を咲かせますよ」

 いま、わたしは多肉植物のはなしを書こうとしているのだけれども、オオタサンがなつかしくてたまらなくなった。宅配の皆さんといえば、ほかにコンドウサン、ヤマモトサンにお世話になった。
 親戚ではない、友だちというわけでもない、けれども確かに袖振りあって、縁を結んだひとびとによって、人生は案外力強くいろどられている。

 多肉植物のはなしにもどるが、熊谷に越してきてから、一昨年の夏、油断して、大事な多肉さんの一部を、わたしは枯らした。東京育ちの皆さんに、熊谷の暑さは信じ難いものだったのかもしれない。
 もう少し水を与えるべきところ、それをしなかったのが、わたしの油断である。
 以来、気をつけて多肉さんたちと向きあっている(つもりだ)。

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2025年1月21日 (火)

蝋梅

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 ことし最初の「ふみ虫舎エッセイ講座」の公開授業。
 東京・新橋の元小学校の教室にあつまる。
 本日初めて参加の方、久しぶりのお顔があった。

 お年玉だな、と思う。
 こんなにもらっちゃっていいのかな。

 寒波が日本列島を包むなかあつまった皆さんのお顔を眺めながら、このありがたみを、身からはなさないように過ごそうと思う。
 まず皆で『たましいの場所』(早川義夫/ちくま文庫)の一部分を読む。

 言葉は、喋れる人のためにあるのではなく、もしかしたら、喋れない人のためにあるのではないだろうか。自分の都合のいいように、「自分の意見」を言うためにあるのではなく、「正しいこと」「本当のこと」を探すために、言葉はあるのではないだろうか。 ——「たましいの場所」より

 早川義夫は20歳代のはじめ、ミュージシャンだった。その後「早川書店」を開店。23年間音楽からはなれていた——『ぼくは本屋のおやじさん』(晶文社)も、大好きな本である——が、本屋をたたんで再び、音楽活動にもどったという、ユニークな経歴を持つ。
 自身の公式サイトのプロフィール欄には「元歌手、元書店主、再び歌手」と記してある。ユニーク、と思わずわたしは書いたが、それは23年間をちょっと覗いただけの、人ごとの表現である。どんな23年間であったかを、もう少し思ってみなくては。ヒトに与えられているはずの「想像」のチカラを使って。

 そうそう『たましいの場所』には、こんなくだりもある。

 どうしたらいい文章が書けるのだろうか。何かいいヒントはないだろうか。

 小林秀雄「文を飾ったって文は生きないんです。チエホフが言ったように、文は率直に書くべきなんです。雨が降ったら雨が降ったとお書きなさい。それが出来ないんですね。雨が降ったら雨が降ったではすまないんですね。なんかつけ加えたいんです。しゃれたことを。雨が降ったら雨が降ったと書けばたくさんだと思って、立派な文章を書ける人が名人というんです。そういう人は、文を飾るんじゃないんだけれども、文章に間があるんです。リズムが。それで読む人はその間に乗せられるんです。知らないうちに」——「忘れていること、忘れられないこと」より

 引用された小林秀雄のこれを読んで、よろっとした。
 早川義夫さんも、よろっとしたからいんようしたのだろう。
 飾りがちな自分の耳をぎゅっと引っぱられたような感覚だ。
『たましいの場所』を、皆と共有したいと云って推薦してくれた、講座の仲間のオンネ・カノンさん、どうもありがとうございました。


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 歯科2回目。
 ずいぶん慣れて、おちついた患者の様子を保つことができたかと思う。暴れたりはしないが、おちつかないと、わたしは喋る。きょうは静かにしていられた。


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 家の前の車庫(田植え機やらコンバイン、軽トラが出番を待っている)の横で、蝋梅(ろうばい)が咲いているのを発見。
 元旦に寶登山(ほどさん)山頂で見た蝋梅とちがって見えるのは、これを蝋梅と思わず、でたらめに枝をつめたからだろう。ごめんね。
 枯れ枝に花がひっかかっているような咲き方。それでも、うつくしい。

 一輪家に飾ったら、香り、ひろがる。
 たいしたものだ。

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\うんたったラジオ58/
年が明けてしばらく、不調でした。
不調は好調の兆し。あずさは髪を
バッサリ切りました。ヘアドネーションに参加して。
プレゼント交換ってけっこう面白いよね。
頭の中に「贈り物」が常にちょこっとある感じ。
ゲストに来る予定の藤村勇人さんからメッセージを
もらってきました(初めての音声編集にチャレンジ) など。


◆ふみこから贈られた小説
『三つ編み』
レティシア・コロンバニ 著 齋藤 可津子 訳 早川書房 刊
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000614663/

◆あずさのブログ
https://note.com/jamamotocapisa/n/n5389a22a20be

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ふみ虫市場
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2025年1月14日 (火)

一歩一歩

1月10
 行田市持田にある歯科へ。

「歯科へ」と、すまして書いてみたが、わたしにしてみれば大事件だった。

・病院への通院のようなことが苦手(ただし病院は、苦手ではない)。
・東京都武蔵野市に住んでいた時代には、友人から紹介してもらった歯科に、必要最低限のかたちで通った。現在の住まいのある熊谷からは通いきれなくなる。
・熊谷でも歯科を求めるともなく求めていたが、出合いがなかった。わたしの意識から「歯科」が消えてゆく……。

 これが、ここ数年の有りようである。
 一方、口中には問題が発生している。

 昨年終わり近くのこと。夫のつくるドキュメンタリー映画をすべて観てくださっているという、いわばファンのひとりから驚くべき情報がもたらされた。
「わたしは、東京・池袋の自宅から行田の歯科に通っているのですよ」
 行田は、熊谷のお隣りの市だ。高崎線の駅も、お隣同士。
 技術のみならず、人間的にもすばらしい歯科医だという。

 意識から遠のいていた「歯科」が、びゅん、ともどってくる。
 口中に光が射す。

 さあ歯科へ行く、となると、とつぜん緊張しはじめるのには、自ら笑ったが、出かけてみるとほんとうに、居心地のいい歯科医院だったのですよ。

 ここなら通える。

 歯科へのあたらしい一歩を踏みだしたわたしは、「一歩」の値打ちを噛みしめている。
 つぎの予約は1週間後。本格的に治療がはじまる。
 そうそう、わたしは口中に光が射した、と書いたが、歯の不具合は鼻にも脳をはじめ、からだじゅうに少なからず影響を与えることを本日学んで、「おお、(治療開始)ギリギリセーフ」と冷や汗をかいたのでありました。


1月12
 東京・人形町に友だち夫妻に会いに出かける。
 長年フランス・リヨンに暮らしているわたしの自由学園時代の同級生麻里と、夫のジャックさん。
 ジャックさんはフランス語と英語を話す。
 わたしときたら、フランス語では「Bonjour」しか云えなかった。

 2時間あまりゆっくりランチをたのしみながら、麻里とわたしが共に過ごした10代の8年間は、それぞれの人生に根を張っていることを感じた。フランスと日本と遠く離れたお互いであっても、すぐさま現在のお互いを受けとめ合うことができる。これも、かつでの一歩一歩の積み重ねのはたらきだろう。

 帰りの高崎線の車内で、若いお父さんと、6歳くらいの女の子と出会う。
 クロスシートの、お隣りさん。
「このヘビ(おそらくハブ)は、毒を持っているけど、臆病(おくびょう)なんだ」
「パパ、『おくびょう』って何?」
「怖がりってこと」
 盗み見ると、ふたりは膝の上でヘビの図鑑を開いている。

 そのうちヘビのはなしは終わって、再び盗み見ると、こんどはあやとりをしているではないか!

「お父さん、あなたさまは、お小さい頃からあやとりを?」
 と思わず訊く。
「あ、はい」
「なんて素敵」

 父の一歩一歩が、お嬢さんの一歩一歩につながっている。
 一歩一歩の積み重ねは、やっぱり……。生きるよろこびにつながるなあ。

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「ふみ虫舎エッセイ講座」が
久しぶりに生徒さんを5人募集します。
関心のある方は山本ふみこ公式HPトップの
「お知らせ」ページをご覧ください。
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次回の募集は6月を予定しています。
(ふみ虫舎番頭より)

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2025年1月 7日 (火)

やや、きたな

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 午後、雨がきた。
 東京でも、わが埼玉県熊谷市でも、40日間雨の観測がなかったという。

 雨の気配がきた。
 気配というより、雨の香だ。

 玄関の引き戸をがらりと開け、外に飛びだす。
 ああ、土が黒い。
 あたりがすっかり濡れている、湿っている。冷えて張り詰めた空気も、なんとはなしに緩んでいる。
 雨のないことが、どんな影響を各地におよぼしてきたか、不勉強のわたしにはわからないけれど、とにかく。
 柏手を打って、頭を下げる。


17
 七草粥。
 かるく焼いて、細かく刻んだ餅を使って「餅粥」にする。米で炊いたお粥に、餅を入れたことはあるけれど、餅のみは、初めてだ。
 青みはほうれんそう。
「ほうれんそう?」
 と云われたって、かまわない。
 土に近い暮らしをしているというのに、この季節に大根葉——生のもの、干し、ふりかけ——を持たぬことは、すでに恥じているからだ。
 そして、ほうれんそう。
 高かった。
 スーパーマーケットでも、JAの直売所でも、きゃべつの前で380円なる値札を見て「ひっ」と叫び、青菜、レタスのところの値札とも睨みあった。これも、おそらくは雨不足の影響なのだろうけれども、一方で、野菜に対する感謝不足を突きつけられている。

 おだやかで、にぎやかなお正月だった。
 元旦に、秩父長瀞(ながとろ)の寶登山(ほどさん)に登り、寶登山神社奥の宮に詣でたあと、ふもとの本殿にて参拝。
 東京では水天宮、小網神社(こあみじんじゃ)をまわった。ただし、小網神社は大行列だったから、離れた場所から詣でる。

 おだやかな日日であったのだけれど、わたし自身は、なんとはなしにざわついていた。小さな不運が重なって、押し寄せたのである。
 むかしのわたしなら、どーんと落ちこむところだけれど、いまはちがう。
「やや、きたな」
 と思うのである。
 こんなふうに不運が重なるのは、すなわち好調の兆しだと知っている。

 たとえば昨夜、連載エッセイの締切を1週間まちがえていることを知って、ぎょっとした。
 今朝4時まで仕事をする羽目となったが、好調の兆し、好調の兆し。たのしみなことだ。

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餅とほうれんそうの、
七草粥でございます。

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\うんたったラジオ57/
新年おめでとうございます。
散歩収録が好評だったこともあり、早速二人でてくてく。
遠くに赤城山を望みながら。クルマ通りがある道や、
自己主張少なめの犬やアピールする犬が登場する道を行きます
(途中、車の音あり)。
今年の目標、最強の朝食を食べたい。
年末年始つくって食べたもの、など。
本年もよろしくお願いします。


色付け:こずえさんとしおりさん

◆こずえさんとしおりさんが夢中になって観ていたホラー映画「NOPE/ノープ」
https://www.universalpictures.jp/micro/nope
◆韓国風お雑煮のつくり方
https://cookpad.com/jp/recipes/17476648-韓国トックク
◆バイキングの師・藤井シズラーさんの動画
https://youtu.be/BaHvhPqKRI8?si=HKAYNhSZu_v63yEm
◆ふみこさんがくり返し観ているドラマ「天狗の台所」
https://bs.tbs.co.jp/tenguskitchen/

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ふみ虫市場
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