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2025年3月の投稿

2025年3月25日 (火)

アップルパイ

 3月19

 八幡神社御祈禱神璽 2
 高城神社御祈禱之神璽 1
 長井神社大前御祈禱神璽(祈武運長久 1
 三峯神社盗賊除御守護 5
 三峯神社火防御守護 4
 榛名神社御祈禱御札 3
 榛名神社嵐除 9
 成田山不動院御祈禱寶牘 3
 奉◾️不動尊鎮火防盗之牘 2(◾️判読できず)
 息栖神社天津祝詞太祝詞◾️ 1(◾️判読できず)
 戸隠神社御祈禱之璽 1
 香取神宮カ家難除神璽 1
 鹿嶋神宮神璽 1

 おもて側の玄関扉上方に、小さな社(やしろ)があって、おそらくお札(ふだ)が納めてあるのだと思っていた。思ってはいたがなかを見ることもないまま、4年近くが過ぎた。
 近所のお当番さんが持ってきてくださった「八幡神社御玉串」のお札は、そこへ納めるのじゃないかと、夫が云いだし、「そうなの?」と軽く応える。
 しばらくして土間へ行くと、古いお札がたくさんならんでいた。小さな社に向かって脚立をかけてなかにあるものをすっかり出したのだそうだ。
「戦前のものばかりだよ。、親父とおふくろの代には手つかずだったのかもしれない」
 と云う夫と、お札の行列のあいだに割って入り、眺める。
 なるほど、永遠(とわ)の武運を祈願する古いお札も混ざっている。
「盗賊除け」「嵐除け」「火除け」というのもあって、家難の及ぶのを防ぐため、こうしておもてにお祀りしたものと思われる。
 この家が建った明治元年(1868年)、普請の途中で火事に遭った記録が残っているというはなしをちちははから聞いたことがある。「火除け」=火防のお札がたくさんあるのもうなずける。
 古いお札との対面は、しきりに歴史を思わせる。
 この家に住んでいたひとたちと自分とのつながりのあかりが、ぽっと胸のなかに灯るようだ。
 誰にともなく、訊いてみる。

「近く、鉄製の火鉢のなかで燃やそうと思いますが、よろしいですか」


3月20日
 仕事仲間が4人やってくる。
 30代から40代はじめの若いひとたち。
 実際にともに仕事をしているのは2人で、その夫人と、夫君を加えた4人というメンバーである。

 よくやってきてくれたなあ、と思う。
 散歩がてら近くのうどん店(「田舎っぺ」本店)まで歩いて、いまやみどりの麦畑となっている田んぼをっ見てもらったり、畦道のホトケノザの群生を褒めたり、のどかな日となった。
「のどか」が生じたのは、どう云えばいいのか、「気」のそろった4人であったからのようだ。おだやかで、考え深い4人の「気」につられて、わたしも常よりも幾分落ちついている。はしゃごうとする「気」は退いて、わたしをよく知るひとが見たら、「あら、お静かな」と笑うかもしれない。
 てくてくもどって、お茶の時間に、おもたせのアップルパイをいただく。ノリコさんお手製のものである。パイ皿の上に坐る菓子は、きれいに8等分されている。誘い気のない佇まいだ。ただ、そっと立っている。そこがいい。
 しばらく皆で鑑賞する。

 ひとくち食べて、驚く。

 妙なるアップルパイ。

 このアップルパイをまた食べられるように、なんとかしなくちゃ。……という心持ちです。

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忘れられないアップルパイです。

《特別講座へのお誘い》
「ふみ虫舎エッセイ講座」のなかで
詩人の井坂洋子さんとの対談を計画しました。
昨年10月に開催した
「詩は、わたしの隣にいる」のvol.2です。
初めての方も、安心してお出かけくださいまし。
4月24日(木)14:00ー16 : 00
JR新橋駅から徒歩2分の、元小学校にて。
(開場13 : 30)
会費3,000円
(定員50人)
申しこみ&お問い合わせは、下記まで。
申しこみ後詳細をお知らせします。
ふみ虫舎講座受付
皆さんの参加をお待ちしています。
山本ふみこ

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2025年3月18日 (火)

きれいごと

3月11
 東日本大震災(2011年)から14年が過ぎた日。
 苦難と悲しみがいまなお、たくさんの人びとの日常を覆っている。しかし、それが悲惨なだけであったかというと、そうではない。と、わたしは思う。
 あの日与えられた試練は、慈しみを生んだ。
 悲しみと慈しみが背中合わせである……、いや、ひとつのものと云えるのではないかと思わされた。

 過去の書物、過去の映像を読んだり観たりしようとするとき、制作(製作)年数を確かめる。これはものをつくる者にとって、欠かせない確認だが、それが2011年以前のものか、以後のものかという視点が、わたしのなかに居坐っている。

 Before 2011
 After   2011

 阪神淡路大震災や、熊本の地震、各地の大雨、能登半島地震ほか、多くの災害にも当てはまるのだが、2011年のときは、わたしも揺れた。揺れる地面の上でうろたえたから、申しわけない、Before 2011After 2011という記憶の目盛りが刻まれたのだ。
 After 2011を生きるわたしは、もう少し他者を思うわたしであっていいのではないか、と省みている。


3月13
 日本農業新聞(2025年3月3日)に、内田樹(うちだ・たつる)の「論説」をみつけた。近代市民社会への提言の記事である。
 哲学者オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』を引いて、「自分第一主義」から転換をはかる必要について書いている。
 その名を聞いたことがあるだけで、書物を開いたことはおろか、近づこうとしたこともないオルテガは、およそ100年前にこう書いた。
「文明とは何よりもまず共同生活への意志である。他人を考慮に入れなければいれないだけ非文明的で野蛮である」
 最近、自分の顔を見ていて、はっとすることがある。シワがどうした、たるみがどうしたという話ではない(それについては、またどこかで)。
 穏やかさのない顔、卑しさや欲の滲(にじ)む表情があらわれている。他者(ひと)の顔のことは云うまい、と思うけれども、利己的な顔がふえたようだ、とだけは書いておこう。

 さて、内田樹さん(さん付けしたくなるのは、本を読んで、知ったひとのような気がするからだ)は「『自分第一主義』というイデオロギーに多数の人が同意しているからである」と書いている。
 オルテガが云うところの「敵とともに生きる。反対者とともに統治する」を「きれいごと」としながらも、この「きれいごと」の上に近代市民社会は築かれ、生きのびてきた、と。 

 東日本大震災から14年目の日に、自分に向かって書いた「もう少し他者を思うわたしであっていいのではないか」は、いまのわたしの問題意識だったとすれば、この新聞記事との出合いは大きい。「きれいごと」を大事だという視点をとりもどさなくては。


3月17
 成田空港に三女栞を送る。
 5か月ほども熊谷の家で過ごして、とうとうカナダ・バンクーバーに帰ってゆく。
 成田空港の国際線搭乗口で、静かに握手して別れる。
「また、ね」
「また、ね」

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成田空港のデッキです。
飛んでゆくひとも、
見送り迎えのひとも、みんな旅を生きている。

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2025年3月11日 (火)

 ハングルと英語と、日本語と

3月4日
 午後1時、虫が動いた。
 それに気がついて、わたしはあきらめたのである。抵抗したって、無駄だもの。あきらめたと云っても、諦(あきら)めたわけではなく、明(あき)らめたのだ。虫が動いたという事実を受け入れる心境。

(虫が動いたなら、動いたなりに生きなけりゃ)。

 約束の仕事と、この先の予定を考えると……、震える。こういうときに虫は動くんだな。もしかしたら岩手県大船渡市の山林火災も影響しているかもしれない。燃えつづける親しい山の近くで、心配しながら暮らすひとたち、避難生活を余儀なくされるひとたちの日日を想像するうち、虫が動きはじめたのではないのか。

 虫が動く。
 その感覚はつよく、抗えないほどの力でわたしを突き上げる。
 このたびのは、土間の隅っこのわが仕事場を、一段上がった8畳間に移動させようという突き上げだ。
 ごそごそ机まわりのモノたちを運びはじめたわたしを見て、夫も、「あ、虫が動いたな」という顔をした。止(と)めたって、無駄だとその目は語る。
 まず机上の棚、コンピュータ関連の皆さん、プリンター、車のついたひき出しと、事務用キャビネットを、よっこらしょっと運ぶ。重たいのなんか、へいちゃら。虫が動いたときのふんちゃんは、怪力だ。
 運ぶ、拭く、捨てる、で1日が終わる。


3月5日
 早起きして、運ぶ、拭く、のつづきをする。
「捨てる」が、思いのほか少なかったことに安堵する。
 きょうは加えて、あたらしい居場所にモノを「納める」に、とりかかる。

 土間の仕事場はそれなりに快適だった。
 その昔、農耕を助けてくれた牛がいた場所だったところで、それも気に入っていた。牛のようにやさしい目をして働こう、と思った。
 困ることといえば、玄関横に位置していたため、ひとがやってくると、仕事を中断せざるを得なくなること。もう少しだけ、引きこもって仕事をしたい希いが、いつしかわたしのなかに生まれていたのだろう。しんとした場所で働きたいわけではなく、誰がいて、そこがどうなろうと読むことも書くことも、うたた寝だってできるのだが、ひろげた書類や原稿をひとに見られるのは好ましくない。
「やりかけ」はわたしの秘部だから。


3月6日
 気がつけば朝になっていた。
 仕事場の引っ越しはこれにて幕である。

 眠くはないが、無性にお腹がすいた。
 シーチキンの缶詰をとり出す。
 炊いておいた玄米に、シーチキンをのせ、マヨネーズを少し絞りかけ、しょうゆをたらして食べる。これは、わたしの好物のひとつ。
 急ぎの仕事をちょっとだけする。

 3時間眠る。
 目がさめたとき、虫はいなくなっていた。


3月7日
 三女栞のパートナーのジェイが、カナダのバンクーバーから、韓国経由でやってくる。ジェイは韓国系カナダ人である。
 昨秋から熊谷で過ごしている栞も韓国へ行き、ふたりで帰ってくる。夫の運転で成田空港へ迎えに行く。成田空港までは2時間半の道のりだが、このドライブをわたしは好きだ。誰かを迎えに、または送りに行くときには、「行く行く」と云って、ついてゆく。
 成田闘争をめぐる記録映画「三里塚に生きる」(2014年)と「三里塚のイカロス」(2017年)の2本をつくった夫は、空港のことをいま、どうとらえているのだろう……、と思いながら、助手席に坐る。
 この時代のエネルギーと、ひとの思いを記録したくて映画を録ったのだとわたしは受けとめていて、たぶんそれにまちがいないのだが、歴史の歪みや、やりきれなさをこのひとはたくさん見てきたのだろうなと思いながら、助手席に坐る。
 成田空港の第2ゲートに立っている、警官を見て、
「映画を録っているとき、ぼくの車のナンバーがマークされていてね、必ず公安警察が車の後ろをつけてきたんだよ」
 と話すのを聞いたことがある。

 ジェイは8日間日本にいる。
 ハングルと英語と、日本語の混ざった会話がわたしはとても好きだ。通訳をする栞頼みの場面もあるが、それがなくともなんとかなる感覚が愉快だ。
 安らぎが生まれるのは、ことば以前の領域でのことかもしれないと思ったりする。何を話しているのかまったくわからないハングルを聞きながら、わかるような気がしてくる。

 夜はすき焼き。 

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土間の元仕事場は、こんなになりました

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2025年3月 4日 (火)

人ぎらい

2月24
 かつて、東京都武蔵野市に住んでいたとき役員を務めた、東京都市町村教育委員会連合会のお仲間がいらしてくださった。
 立川市のマツノせんせい、瑞穂町のタキザワせんせいとムラカミせんせいだ。
 マツノせんせいが会長をされたとき、瑞穂町と武蔵野市に副会長の「番」がまわってきたのが縁のはじまり。会議や研修会の休憩時間があると、喫茶室に行って雑談をしたり、お互いの市の小中学校や、教育委員会での出来事を話したりしたものだ。
 その計画も、学士会館の喫茶室で生まれたのだったと思うのだが、武蔵野市の教育委員会から10人近くも、バスに乗って瑞穂町へ見学に出かけた日は、愉快であった。

 熊谷にわたしが引っ越してから、ぜひ出かけてみたいと云ってくださり、この日、とうとう実現する。

 そしてきょう、もうひとり夫のところへお客さんがあった。
 ドキュメンタリー映画「ゲバルトの杜」(代島治彦監督作品)の原案となった『彼は早稲田で死んだ』(文藝春秋)の著者樋田毅(ひだ・つよし)氏の三女ユカリコさんだ。
「ユカリコさんが来たいと云ってくれているのだけど、お客さんが重なるね。いいかな」
 こう夫が云ったとき、わたしはこのメンバーは「重なっても」いいのじゃないかと、思った。

 いつもなら、こうした重なりは芳(かんば)しくないと考えて、日をずらすのだが、一緒だとさらにおもしろくなるという、勘がはたらいたのである。
 それでわたしのところへのお客さん方に、前の日にお知らせし、お許しを得る暇(いとま)もないまま、当日を迎えたのだった。

 ユカリコさんは若き心療内科医。
 日曜日のほかは医師としての仕事が混みあうなか、時間があると料理をするそうで、とくに小豆を煮るのが好きだという話は聞いていた。
 大きくふくらんだリュックサックのなかから、包みをだして「今朝小豆を煮て、薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)をつくりました」と云う。
 平べったい容器のふたをとると、白いのと薄茶のと、薯蕷饅頭がずらりとならんでこちらを見上げている。薄茶のははったい粉(麦こがし)が混ぜてあるという。美味、美味、美味。雅。
 おばあさまが小豆を煮るのが好きで、それを見ていて子どもの時分から小豆とのつきあいがはじまったそうだ。

 その日、2組のお客さんのあいだに話題が生まれ、短い時間ではあったが、それがおいしく炊きあがることとなった。
 ユカリコさんがいま、力を注いでいる摂食障害についてのやりとりは、熊谷の土間の食堂だけで聞くのはもったいないと思えるものだった。
(待っていてください。いつか皆さんにお裾分けをします)。

 夕方高崎線に飛び乗るようにして、ひとに会いに行く。
 行先は、東京の清澄白河(きよすみしらかわ)のビアレストラン。シェフをしている友人が、2月いっぱいでシェフを辞めて、人生のページをめくるというので、出かけたのである。
 店は混みあっていて、空いていたテーブルに案内され、となりのテーブルの女性に「失礼いたします」と挨拶して、その顔を見たら、長女の梓だった。

 梓の向かい側に坐っていたヨウコさんとは、初めましてだった。昔から仲よくしてもらっていた錯覚が生まれそう。
 1時間半ほど話すなかで、ことし秋頃には、一緒に何か——たとえばキムチづくりの会とかね——をする約束ができた。
 (乞うご期待)。

 なんと、不思議な日だったことだろう。


2月25
 朝起きて、前の日のことを思い返していると、胸のなかに「人ぎらい」ということばが坐りこんでいるのに気がついた。
 
 幸田文の『雀の手帖』(新潮文庫)に収録された「人ぎらい」のところどころが浮かんでくるのだ。『雀の手帖』はものを書く者として、見過ごせない指針のような本だ。
 西日本新聞に「雀の手帖」が連載されたのは、昭和34年。1月26日から5月5日まで連日(毎日です!)掲載された随筆は、ちょうど100回を数える。
 この本に収録された「人ぎらい」を初めて読んだのがいつのことだったか、おぼえていないけれど、脳に刷りこまれた。
 ここに登場する人ぎらいであるという、面会人が大嫌いであるという先生は、永井荷風。

「なあに、あなたのおとうさんにしろ、こちらにしろ、そんなに心の中はがさつな出来じゃないからね。そこいらの人がちょいと考えついたようなことに乗って、ずけずけしたまねはおたがいいやだものねえ」

 という心境が置かれる。
 こうした永井荷風の「人ぎらい」を幸田文は、暖かさを底辺にした冷たさだと思った。……と書いている。

 こんなに長長と引用するつもりはなかった。
 ただわたしは、このページの「人ぎらい」の様相が、自分と重なるのを感じて、忘れられなくなったのだ。
 おそらくわたしを正面から「あなたは人ぎらいですね」と断じる友人知人はいないだろう。なぜと云って、おおむね人当たりのわるくないつもりのわたしであるから。それでも、どこかで自ら、自分は「人ぎらい」ではなかろうかという疑念が湧くのを見逃せない。

 人がきらいというより、ひとづきあいが不器用なだけかもしれない。自然にゆかない。不必要なところで力む。
 ところで幸田文の「人ぎらい」だが、さんざんそっけなさ、面会人嫌いを聞かされていた永井荷風を自宅に訪ねたときの印象をこう書いている。
 その日荷風せんせいはご機嫌だったようだ。

「先生は人嫌いではないのだ。だが、先生にとって、人というものはほんのぽっちりしか要らないのだ。人くささが嫌いなのだ」

 そうか、ほんのぽっちり。
 ぽっちりずつを、大事にすればいいのだわ。

Nagami_06
コーヒーロースターながみの若き焙煎士に、
「試しに飲んでみてください」とプレゼントして
いただいた珈琲を淹れて、その味に驚きました。


「この美味しさを届けたい!」
と、ふみ虫市場のために特別に焙煎していもらいました。
エッセイ「猫は珈琲を飲まない」とともに、
味わってくださいませ。

https://fumimushi.thebase.in/items/100261414

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ひさしぶりに二人ですね。偶然が重なる嬉しい出会い。
キムチの作り方を教わりたい。有限会社うんたったになりました。
家内制工業のすすめ。だいちーの映画教室。
ドキュメンタリーの考え方でやっていきたい。
コーヒーロースターながみによる
自家焙煎珈琲とくつろぎエッセイを販売します、など。


◆代島治彦のDOCUゼミat深谷シネマ
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◆代島治彦のHP(かっこつけてるだいちー)
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