人ぎらい
2月24日
かつて、東京都武蔵野市に住んでいたとき役員を務めた、東京都市町村教育委員会連合会のお仲間がいらしてくださった。
立川市のマツノせんせい、瑞穂町のタキザワせんせいとムラカミせんせいだ。
マツノせんせいが会長をされたとき、瑞穂町と武蔵野市に副会長の「番」がまわってきたのが縁のはじまり。会議や研修会の休憩時間があると、喫茶室に行って雑談をしたり、お互いの市の小中学校や、教育委員会での出来事を話したりしたものだ。
その計画も、学士会館の喫茶室で生まれたのだったと思うのだが、武蔵野市の教育委員会から10人近くも、バスに乗って瑞穂町へ見学に出かけた日は、愉快であった。
熊谷にわたしが引っ越してから、ぜひ出かけてみたいと云ってくださり、この日、とうとう実現する。
そしてきょう、もうひとり夫のところへお客さんがあった。
ドキュメンタリー映画「ゲバルトの杜」(代島治彦監督作品)の原案となった『彼は早稲田で死んだ』(文藝春秋)の著者樋田毅(ひだ・つよし)氏の三女ユカリコさんだ。
「ユカリコさんが来たいと云ってくれているのだけど、お客さんが重なるね。いいかな」
こう夫が云ったとき、わたしはこのメンバーは「重なっても」いいのじゃないかと、思った。
いつもなら、こうした重なりは芳(かんば)しくないと考えて、日をずらすのだが、一緒だとさらにおもしろくなるという、勘がはたらいたのである。
それでわたしのところへのお客さん方に、前の日にお知らせし、お許しを得る暇(いとま)もないまま、当日を迎えたのだった。
ユカリコさんは若き心療内科医。
日曜日のほかは医師としての仕事が混みあうなか、時間があると料理をするそうで、とくに小豆を煮るのが好きだという話は聞いていた。
大きくふくらんだリュックサックのなかから、包みをだして「今朝小豆を煮て、薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)をつくりました」と云う。
平べったい容器のふたをとると、白いのと薄茶のと、薯蕷饅頭がずらりとならんでこちらを見上げている。薄茶のははったい粉(麦こがし)が混ぜてあるという。美味、美味、美味。雅。
おばあさまが小豆を煮るのが好きで、それを見ていて子どもの時分から小豆とのつきあいがはじまったそうだ。
その日、2組のお客さんのあいだに話題が生まれ、短い時間ではあったが、それがおいしく炊きあがることとなった。
ユカリコさんがいま、力を注いでいる摂食障害についてのやりとりは、熊谷の土間の食堂だけで聞くのはもったいないと思えるものだった。
(待っていてください。いつか皆さんにお裾分けをします)。
夕方高崎線に飛び乗るようにして、ひとに会いに行く。
行先は、東京の清澄白河(きよすみしらかわ)のビアレストラン。シェフをしている友人が、2月いっぱいでシェフを辞めて、人生のページをめくるというので、出かけたのである。
店は混みあっていて、空いていたテーブルに案内され、となりのテーブルの女性に「失礼いたします」と挨拶して、その顔を見たら、長女の梓だった。
梓の向かい側に坐っていたヨウコさんとは、初めましてだった。昔から仲よくしてもらっていた錯覚が生まれそう。
1時間半ほど話すなかで、ことし秋頃には、一緒に何か——たとえばキムチづくりの会とかね——をする約束ができた。
(乞うご期待)。
なんと、不思議な日だったことだろう。
2月25日
朝起きて、前の日のことを思い返していると、胸のなかに「人ぎらい」ということばが坐りこんでいるのに気がついた。
幸田文の『雀の手帖』(新潮文庫)に収録された「人ぎらい」のところどころが浮かんでくるのだ。『雀の手帖』はものを書く者として、見過ごせない指針のような本だ。
西日本新聞に「雀の手帖」が連載されたのは、昭和34年。1月26日から5月5日まで連日(毎日です!)掲載された随筆は、ちょうど100回を数える。
この本に収録された「人ぎらい」を初めて読んだのがいつのことだったか、おぼえていないけれど、脳に刷りこまれた。
ここに登場する人ぎらいであるという、面会人が大嫌いであるという先生は、永井荷風。
「なあに、あなたのおとうさんにしろ、こちらにしろ、そんなに心の中はがさつな出来じゃないからね。そこいらの人がちょいと考えついたようなことに乗って、ずけずけしたまねはおたがいいやだものねえ」
という心境が置かれる。
こうした永井荷風の「人ぎらい」を幸田文は、暖かさを底辺にした冷たさだと思った。……と書いている。
こんなに長長と引用するつもりはなかった。
ただわたしは、このページの「人ぎらい」の様相が、自分と重なるのを感じて、忘れられなくなったのだ。
おそらくわたしを正面から「あなたは人ぎらいですね」と断じる友人知人はいないだろう。なぜと云って、おおむね人当たりのわるくないつもりのわたしであるから。それでも、どこかで自ら、自分は「人ぎらい」ではなかろうかという疑念が湧くのを見逃せない。
人がきらいというより、ひとづきあいが不器用なだけかもしれない。自然にゆかない。不必要なところで力む。
ところで幸田文の「人ぎらい」だが、さんざんそっけなさ、面会人嫌いを聞かされていた永井荷風を自宅に訪ねたときの印象をこう書いている。
その日荷風せんせいはご機嫌だったようだ。
「先生は人嫌いではないのだ。だが、先生にとって、人というものはほんのぽっちりしか要らないのだ。人くささが嫌いなのだ」
そうか、ほんのぽっちり。
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コメント
ふんちゃん皆様こんにちは。
なんだか最近、人ぎらいに飲み込まれそうな私です。
毎週のように体調を崩す末っ子に気疲れ気味の私。家族にも優しくできず、夫に当たり、夫は物に当たり。私の監督不行届が続く日々でした。
ちょっと昔なら笑い話になりそうなことが今の時代はヘビーに捉えられがち。
三月に入り希望の兆しが見えてきそうです
投稿: たまこ | 2025年3月 4日 (火) 12時06分
ふみこ先生 みなさま
こんにちは。
きのうから久しぶりに雨が降り続いています。
この雨が岩手県へ上っていくことを切に祈ります。
幸田文の「雀の手帖」読んでみようと思います。
「人というものは、ほんのぼっちりしか要らない」
この年齢になって、自分のことを第一に考えるよう
になりこの言葉を実感しています。
それよりも自分の意思では、どうにもならない確か
な老いを認めていく中で「自分ぎらい」にはならな
いようにと思います。
幸田文の「季節のかたみ」の中に「ぼけの皮」という
一節があります。
そろそろ年寄りの知恵として「ぼけの皮」をかぶった
りぬいだりしてみようかなと思っています。
せんせい、みなさま
寒暖差に体調をくずされませんように。
投稿: 岡山のこんちゃん | 2025年3月 4日 (火) 14時39分
おつかれさまです。
今朝、職場へ向かうとき雪の壁にサイドミラーをぶつけるという自損事故を起こしてしまい、サイドミラーが片方なくなるという失態を。落ち込みまくりでここへ来ました。
免許返納も考えたくらい。電車もバスもなく職場へ通えなくなるので気を引き締めて行きたいと思います。
わたしも小豆ことことして気分転換しようかな。
聞いていただき、ありがとうございます。
投稿: 聖美 | 2025年3月 4日 (火) 16時43分
ふみこさま
おはようございます。
3月にはいりこちらでも雪のふるひな祭りの日となりましたが。。ひな祭りにフリージア咲いてくれるといいな~~と思っていたら一本だけ赤いフリージア咲いてくれて感激でした~。あとのフリージアたちはまだまだ堅いつぼみです~。
伝わらないと思っていると伝わったかも~くらいでいると
うれしいものですね。ふふ。
「雀の手帳」うちにもありました~。そのちょっとまえにある「箱」というエッセイもすきでした。中身も気になりますが箱というのもすごくひかれるので。。。男の人はそうではないのだろうかというのも。ふふ。
男の人といえばだいちーさんのHPかっこいいです。
とてもわかりやすくまとめられていて素敵です。
半農半監督生活の流れからふみこさんのひとことで熊谷生活へ踏み切られたこと&有限会社うんたった!
これからますますいろいろ輝いていきそうですね。
ラジオでの会話でも梓さんもいい感じとうれしそうでしたね。これからもいろいろなお話しきかせてもらえるのが
楽しみです。
ではふみこさんもみなさんもいい一日おすごしくださいね。
投稿: 真砂 | 2025年3月 5日 (水) 07時41分
たまこ さん
安心して、
あたり合ったり、
メソメソしたり、のできるのが、
「家」ですものね。
ひとり暮らしのひとだって、
家にあたったり、ね。
安心をつかむ。
これ、大事です。ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2025年3月 5日 (水) 19時48分
岡山のこんちゃん さん
こんちゃん、
幸田文の『季節のかたみ』収録の
「ぼけの皮」をあらためて読みました。
あはは、あはは。
いろんな皮をかぶって、
機嫌よく生きてゆきたいな。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2025年3月 6日 (木) 04時42分
聖美 さん
まあ、それはどんなに
ショックだったことでしょう。
けれど、サイドミラーひとつですんで、
ほんとうによかった……。
守られたんだな、と思いました。
そして、これから
いいことがありますよー。
(予言)。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2025年3月 6日 (木) 04時48分
真砂 さん
だいちーのHPことの、
褒めていただきまして
どうもありがとうございます。
(まだ、見てないや。見なくちゃ)。
ただいま午前5時。
ねぼけている代島を起こして、
真砂 さんのおたよりを読んで、
聞かせました。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2025年3月 6日 (木) 04時51分
ふみこさま
ありがとうございます。
ここへ来て落ち着きました。
聞いてくれて、ありがとうございます。
投稿: 聖美 | 2025年3月 7日 (金) 10時02分
ふみさま~~~みなさま~~~こんばんは~~~
この1週間は、三寒四温の『寒』の方みたいだったようで、千葉も雪も降れば北風ぴーぷーのサムサムの日が続きました。
日中は陽が差せば春の気配なのですが、今日も夜はシンと冷え込んでおります。
お客様のブッキング、うちでもよくある気がします。一つのご縁がもう一つのご縁とつながる・・・。すごく素敵な時間ですよね。だし、やはり両者の方々のお人柄が新しいご縁の絆をより深めていってくれるような気がします。
素敵ですね。
そしてその日に清澄白河まで出向かれたふみさま。おつかれさまでした。
もりだくさんな1日の時間の濃さを思いながらうっとりしてしまいました。
そして、こんなにたくさんの方々に囲まれながらも、人づきあいが不器用とおっしゃるふみさま。
まさかでしょ。なぜに?(* ´艸`)クスクス
と思う反面、私も今日1日久しぶりにおひとり様でゆっくり自宅で過ごす時間にこの上なく幸せを感じていたので
わかるぅ~~
とちょっと笑っちゃいました
いよいよ明日でまた一つ歳をとります!!
人も好きだけど、自分も好きなおきょさんでありたいと思ってお誕生日をむかえたいとおもいま~す!
投稿: おきょうさん | 2025年3月 9日 (日) 20時13分
ふみこさま
人ぎらい。
わたしも、そうかも〜。ぽっちりでいいみたいです。
はるくんが、私のお話に絵を描いてくれるようになりました。早く次のお話書いて!って言われるので、私もお話作りに励んでいます。
はるくんのおかげで、お話書けてるな〜。
絵を描くの楽しいそうです。
今度は、ロブスターの絵を描きたいらしく、ロブスターのお話も考えました。
さっちゃんは、私の絵本をよく読んでくれるので、孫のおかげで楽しく創作しています。
ありがたいです。
おきょうさんさま
この場をお借りして、明日のお誕生日、おめでとうございます。素敵な1年になりますように!
投稿: こぐま | 2025年3月 9日 (日) 22時02分
この場をお借りします。
おきょうさんさま
明日のお誕生日 おめでとうございます。
お忙しい日々、くれぐれもお身体を大切に
されてお過ごしください。
いつも おきょうさんのお便りに元気を頂いて
います。ありがとうございます。
わが家も今年は、チューリップがたくさん芽を
出して春が楽しみです。
投稿: 岡山のこんちゃん | 2025年3月 9日 (日) 22時19分
おはようございます。
今週は雨の日々との予報です。
周囲の山々も霞んでみえて、季節の移ろいを感じます。
大雪、山火事など日本のことにとどまらず、世界の動きも、ただ祈り、重い気持ちでみつめるしかないですが、いつもにも増して自分の身のまわりや我が心への目線も大切にしたいおもいです。
庭のあちこちで新しい季節への営みがみられます。鳥たちも春をうたっているようです。
投稿: こんぺいとう | 2025年3月10日 (月) 08時25分
聖美 さん
話す、聞いてもらう、は
効きます。ね。
だけど、直接聞いていたら、わたし……、
大騒ぎしたり、余計なことを云ったりしそうで、
恐ろしいです。
少しずつ季節がうつろいますね。
こちらも、寒いけれど、日差しと風の香が変わりました。
空も、雲も。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2025年3月11日 (火) 03時10分
おきょうさん さん
やや、お誕生日?
おめでとうございます。
いま、小声で、Happy birthday to you!
を歌っています。
聞こえますか。
午前3時なので(遅寝じゃなく、早起きの午前3時です)、
そっとね。
Happy birthday to you!
おきょうさん さんのようなひとが、
この世にふえますように。
と思いながら。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2025年3月11日 (火) 03時13分
こぐま さん
はるくんが、ものがたりに絵を!
このあいだまで赤ちゃんだったのに。
(いえ、そんなことはないとわかっていますが、
わたしのなかには、赤ちゃんはるくんが住んでいるのです)。
創作の世界は、セッションで進化してゆく一面が
ありますものね。
……と、またしても興奮。
佳い春を。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2025年3月11日 (火) 03時20分
こんぺいとう さん
大船渡の山火事のことに触れてくださり、
どうもありがとうございます。
山火事を、どうとらえていいのか、
わからないまま、
「この雨、大船渡で降っておくれよ」
「雪さんたち、大船渡にお行きね」
とぶつぶつ唱えたり、
ストーブの火を睨んだり。
ともかく避難指示がすべて解除されたことに
まずほっとしています。
仮設住宅が建設されるそうですね。
大船渡の皆さん、皆さん!
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2025年3月11日 (火) 03時28分