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2025年5月の投稿

2025年5月27日 (火)

静寂の喧騒

5月19
 雨が落ちてきた。
「やったね」
 と思う。
 机仕事をしながら「庭の水やりをしなけりゃ、しなけりゃ」なる信号が、頭の片隅で点滅をはじめていたからだ。
 わたしの代わりに水やりをしてくれて、雨よ、ありがとうありがとう。

 きょうのわたしはちっとも土しごとをせずに、ここでこうして机にしがみついているだけで、ぼんやりとしか庭にも、その向こうにひろがる畑や田んぼにも目をやらないでいた。
 立ってゆき、玄関の引き戸をがらりとあけて、降り注ぐものを見る。
 静かだが、ほんとうはにぎやかなのだ。
「静寂の喧騒」なんて云ったって、伝わらないかもしれないけれど。
 土のなかの種子、これから生まれようとする虫たち、昼寝のとかげ、夏にそなえて黙想している蝉たちも、見えないだけで、ここにいる。

 あ、庭にところどころ、ちっちゃな盛り上がりができている。
 もぐらだ。
 このあいだホームセンターに行ったら、もぐら退治のクスリがあった。値札に「もぐらの穴に、ひと振り」と書いてあった。もぐらと聞くと、蚯蚓——この漢字、読めるだろうか。細長く茶色いあのひとだ。土にとって大事なあのひとたちだ——を思う。もぐらの生態をほんとうはよく知らないが、蚯蚓を好んで食べると聞いたことがある。
 もぐらは土のなかで、植物の根を切ったりするから退治、となるのだろうが、それくらいなんだというのか。
 ヒトなんか、もっと恐ろしいことを毎日何かしらしている。他の生物を気づかぬうちに……。ああ、ごめんなさい。
 もぐらに困らされるひとのことも思わず、もぐらを知りもせず、ただ思うままをわたしは書く。だけどだけど、ヒトなんか、のつづきは書いておこう、読んでもらおう。
「ヒトの頭上に、ひと振り」とやられたって、ほんとは文句も云えない一面を背負って生きているわたしなのだと、わたしは思う。


5月22
 明け方机から身を剥がずことができたわたしは、少し眠って目を覚ました。
 ぴくりとも、こころが動かない。こころが動かなくたって、起き上がって、身支度をしたり、冷凍した柚子のかけらをコップに入れて、そこへ湯を注いで飲んだりしているうちに……と思うが、身のほうものびている。

 結局昼まで、ベッドの上でこころ動かず、のびていた。
 こんな日もあっていいと思うのだが、ほんとうは近くのスーパー銭湯まで自転車に乗ってゆき、マッサージを受けたり、岩盤浴でねそべったり、露天風呂の「ねころび湯」でうたた寝したりできたら、よかったな。
 昼過ぎ、ぴくりときたのだが、気がつかなかったことにして、夜まで眠る。


5月23
 瓦職人の山田さんの足音が、家のなかに伝わる。
 山田さん、令和の改修工事ちゅう。

 休憩の時間にお茶やお菓子を運んだり、立ち話をしたりするだけで、励みになる。同じ職人として、「わたしもこうしてはいられない」と思うのだ。
 ところが、だ。
 夕方山田さんが、
「これで、すっかり終わりました。お世話になりました」
 と云うではないか。

 職人さんのいる暮らしは、あるときとつぜん、終わる。
 仲よくしていた友だちが、急に転校することになって、翌日はもう会えないという場面みたい。
 明日山田さんに食べてもらおうと思って冷凍庫に入れておいた、アイスのみぞれ「白」をひとりで、むしゃむしゃ食べ、食べながら涙ぐんでいる。

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そうして麦は、こんなに色づきました。
麦秋です。

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2025年5月20日 (火)

5月8日
 萌と夫が長屋門の下で、稲の籾種を蒔いている午後、中嶋建設の小井戸さんと手計(てばか)さんがトラックでやってきた。小井戸さんは、熊谷の家に移り住んだときの改築の責任者で、手計さんはその片腕だ。
 机仕事をしていたわたしは、それを放り投げて(比喩であります)、「なになに、どうした? 」とばかりにトラックのもとへ走る。
 トラックには足場材が積んである。
 単管パイプ。ジャッキ。踏板。階段。ブラケット。わたしに名称がわかるのは、それくらいだ。ほぼ、鋼製。
 つぎの週からはじまる瓦の部分的改修工事のための足場づくりをするという。
 長屋門の下で、籾種蒔きをしていなければ、トラックは、庭のなかまで進めるのだが……。トラックは家の前で、ストップだ。
「籾種を蒔く日だとは聞いていたけど、門のところでの作業とは思っていなかったんだよなー」
 と、小井戸さんが笑う。
 こちらの状況の説明不足。予定よりも、長い距離、足場材を運ぶこととなる。

 こうなりゃ、手伝いますよ。
 怪力ですからね、わたしゃ。

 足場材運びを、わたしも手伝わせてもらう。
 なんという光栄。なんという晴れがましさ。
「日焼けしますからね、やめてください」
 と手計さんが云う。
「あ、これ、パワハラですか? あれ、セクハラかな。女のひとを非力と決めつけて、これはしなくていいなんて云ってはいけないんですよね」
「ハラスメント」の注意報は、行き渡っているのだな。手計さんのように思いやりのあるひとは、何を云ってもかまいませんよ、と思いかける。
 足場材を運びながら、生まれ変わったら、きっと大工になろう、とあらためて思う。


5月13
 小井戸さんと手計さんが朝830分、やってくる。
 ほんとうはもっと早く「来たい」そうなのだが、うちのおとなりが小学校だから、あたりはスクールゾーン、午前7時30分から8時30分まで車両進入禁止となる。
 たすかった、と思う。
 夜更かししてとんでもない時間に寝たり、早く寝てとんでもない時間に起きたりするわたしには、朝7時は、ちょっと不安定な時間なのだ。
 主としてわたしは、おやつ係だ。
 午前10時と午後3時。お昼は「勝手にやるからね。お茶も自分たち、みな自分で持ってる。外に食べに行くひともいるし」とのこと。
 おやつ、おやつ、とわたしはうかれる。
 職人さんたちは、午前10時と午後3時におやつを食べるわけではなく、休憩するのだ。そんなことわかっているけれど、何を食べてもらおうかとうかれずにはいられない。
 ほんとうは、あの日のように足場材を運ぶ手伝いくらいはしたいのだが、そういう場面は滅多にめぐってこない。
 だから気持ちをこめてコーヒーを淹れたり、おいしいアイスを探しに出かけたりするわけだ。

 この日、小井戸さんと手計さんは、足場を使って、古い瓦をおろす。


5月14
 瓦屋の山田さん、登場。
「この家には明治時代の瓦、昭和の瓦、平成の瓦がのってるん。で、平成の改修のとき、ちょっとうまくない職人が入ったようで、本来の瓦葺きには使っちゃならねえもんが塗ってある。瓦をかためているようで、かえって雨が漏ることになったり。ここから見ても、ほら、あの3段ばかり、ちょっとほかとはちがうのがわかるでしょう」

 思いだした。
 お父ちゃんが瓦の改修で、難儀していたときのことだ。
 なんともいえない違和感をおぼえて、工事をこれ以上進めない決断をした、と聞いた。
 ……あのときお父ちゃん、山田さんと出会えていたらよかったね。

 屋根の上のひとたる山田さんは、長身。
 あまりにも長身。
 そのとなりに立って、屋根を見上げる。
「この家が160年も、ここにこうして立っているのは、もちろん土台、柱、梁のおかげではあるんだけど……、その上に、どっしりと瓦が乗って、ずうううんとね、この家を守っているからなんよ」

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あたらしい瓦が、のってゆきます。

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稲の苗は、苗代で、こんなに育ちました。

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田んぼの麦も、色づいてきました。
麦刈りの予定は、6月の第1週です。

Nagami_01
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2025年5月13日 (火)

試恋(しれん)の道

55
 子どもの日。
 ことしは、わたしの小さい友だちも、娘たちも家にいない。だけど、ここにはいない愛しい子どもたち、いいや世界じゅうの子どもを思って……、菖蒲湯を立てたいと思った。

 昨日、暮れなずむなか歩いて行ったスーパーマーケットで葉菖蒲を買ったときの、これが、壮大な思い。

 世界じゅうの子ども、つまるところ世界の未来を思いながら、菖蒲湯に浸かる。皮膚の表面がぴりぴりするのは、壮大過ぎる思いの「おつり」みたいな現象かもしれないな。


5月7日
 稲作の第1歩、種籾蒔きのために萌がやってくる。
 仕事上がりに東京から来てくれたから、家への到着は午後8時。

 そこから庭で火を起こす。
 肉やら、庭のアスパラガス、「ふれあい」(主として地元の農作物、特産物を販売するセンター)で買ってきたかぼちゃや長芋、ピーマンやらを焼いて食べようという計画だ。
 明日は朝から種籾蒔きだから、午後10時までにはみんな寝よう!なんて云っておきながら、ついこういうことをしたくなる種族である。その上、ちっとも炭に火がつかない。
 萌には先に風呂に入ってもらい、夫とふたりで火を起こすこと、さらに30分。妨げになっているのは、着火剤ではないかと、わたしは睨んでいる。縄文人と渡来系弥生人の血が濃く残っている夫と、現代の着火剤は相性がよくない(ような気がする)。
 前にも二度ほど、こんな場面があった。
 大きな声では云えないが、着火剤に火がつかないのだ。
「木の枝で、火をつけたらどうかな」
 夫が薪小屋持ってきた枝は、半世紀前の桑の枝である。
 薪で風呂を焚いていたときの名残り。
 たちまち火がまわり、炭が赤く照っている。


58
 ふたりは長屋門の下で種籾蒔き。
 わたしは、机仕事。そして炊事番。
 庭の蕗をとってきて、昼に油揚げと炊く。
 それとおむすびとおみおつけ。おみおつけの実は、大根、なめこ、豆腐。庭の三つ葉を盛大にのせる。

 夕方、門前に250箱の苗箱が積み上がり、上に筵(むしろ)がかけられた。発芽を促す室(むろ)がこうしてできあがる。

 萌が長いホースをひっぱってきて、水をかける。これでもか、これでもか、というくらいたくさんかけている。


512
 発芽を確認して、午後、夫とふたり、苗を育てるための田んぼに苗箱を運ぶ。1枚1枚軽トラに積んで運び、田んぼでにまた、1枚1枚平置きにしてゆく。この時代にこんな作業は、きっとめずらしい部類だ。
 もしかしたら、もっと合理的なやり方も選べるのかもしれないけれど、原始的な手間のかけ方が、ヒトの力を湧かせる。まだまだ力は、ある。できることがある、ということをカラダが誇っているというか。

 一方、このところのわたしの机仕事は試練の連続だ。
 本をひとつ編もうとしている。
 ずっと優秀な編集者に助けられ、チームの力に支えられて仕事をしてきたものだから、ひとりで段どりをつけようとしたり、事務作業の一切をしようとすると、すぐこんがらかる。
 こんがらかりながら、これはいまの自分にとって必要なことだと、わかってくる。苗箱運びがカラダの試練であるのに対し、机まわりのこういうのはアタマと胸のあたりの試練だ。思案し、段どりに係る他者への気遣いに右往左往する。自信を失いそうになる。
 ああ、「試練」なんて呼ぶからだな、もう少し甘やかにゆこう、「練」の字を「恋」に置き換えて、この事態を愛そう。


513
 夜鍋仕事。
 天気予報では、本日から気温がぐんと上がるらしい。それで、というのもおかしな話だが、仕事部屋の灯油ストーブを焚く。
 灯油が少し、残っているからだ。
 そのかたわらで蚊取り線香を焚く。
「変なの、変なのーーー。すごくおかしなわたしの仕事場」
 とでたらめソングを歌う。
 部屋のなかに、冬と春と、初夏がぐるぐるまわっている。そうしてわたしは——。
「オモイコンダラ シレンノミチヲ ユクガ 『ワタシノ』 ドコンジョウ」と歌う。これは、アニメ「巨人の星」の主題歌。「男のど根性」というところを「わたしのど根性」に変えて、歌う。「試練の道」を「試恋の道」というつもりで、歌う。

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種籾蒔き風景です。
この道具も、古い古い。
いまとなっては、とてもめずらしいのですって。

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こうして田植えを待つのです。

明日、この田に水を入れます。

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週刊ことば山 2025年5月13日号をアップしました。
けしのみまこと作『アイ・ハブ・ア・ドリーム』です。
https://note.com/fumimushisha/n/n91a76aa03115

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2025年5月 6日 (火)

高知へ風邪をひきにゆく

 4月30
 思いつきのように、高知へ行く。
 高知への旅は昨年の夏、かなったから、行くならまた別の地を選ぶところだろうが、なんだか、また行って、同じ道をたどったり、同じ店を訪ねたりしたくなった。

 前のとき一緒だった二女の梢を誘ってみると、「行く」と云う。
 このひとも存外変わっている。

 ちょっと、自分を日常から連れだしてやりたかった。
「混乱してるでしょ、あなた」
 と問うと、「あなた」と呼びかけられた「わたし」はあわてる。
「え、わかる? どうやらそうなの。混乱を整理するために止まろうとしてみているんだけどね、止まり方がわからない」
「そんなことだと思った。ほんと、不器用だよね、あなたは」
「……」

 それで高知行きとあいなった。

 高知龍馬空港からバスで、高知駅に向かい、慣れた顔で、ホテルに向かって歩く。散歩に出て、夜は、かつおの藁焼きに舌鼓を打つ。


5月1日
 朝起きると、のどがガラガラして、変な声になっていた。
 風邪をひいたみたいだ。

 久しぶりに友だちに会うような気持ちになる。
 それから鏡を見ると、口唇ヘルペスができている。
 ゆるんだかもしれないな、と思う。

 梢とふたりで昨夏行った高知八幡神社、その近くの雑貨店に行く。再訪の落ちつきを醸(かも)しながら、お参りと買いもの。
 昨夏入り損なったカフェで、ランチを洒落る。
 レーズンパンの美味しいこと!

 高知城に向かって歩く。
 風邪の症状なのか、からだがだるくなってきた。
 ホテルにもどり、昼寝。梢は、パソコンに向かって仕事をしている。3時間近くも眠った。四国で仕事があるという長女梓が、日にちを1日早めてやってきて、合流。
 そも、梓が四国で仕事があるとか、高知、とか云っていたから、高知行きを思いついたのだった。思いつきで合流できたこと、愉快。

 夜、昨夏行って、おでんが美味しかった店に、梓を案内する。
 風邪は一旦休んで、お酒を飲む。
 高知には飲みたい日本酒がたくさんあるからだ。

 かまわぬ
 久礼(くれ)
 安芸虎(あきとら)
 豊能梅(とよのうめ)
 南
 酔鯨(すいげい)

 を3人でちょっとずつ飲む。

 おでんも美味しかったが、かわはぎの肝和えがよかった。

 バーみたいな店に寄り、ふたりはチョコレートパフェといちごパフェを食べる。わたしはハーブティー。
 早寝。


5月3日
 昨日帰宅すると、眠くて眠くてたまらず、「本日休業」とする。
 高知へ風邪をひきに行ったみたいだったが、そのおかげで混乱がおさまりはじめたようだ。ときどき自分をゆるめないと、こんがらかる。

 留守ちゅう庭の様子が気になっていたが、ミニトマトがなりはじめたのと、5日前に蒔いたスイスチャードの発芽が見られた。
 庭には、みどりの斉唱がひろがっている。

 土にもぐり、みどりと声をそろえて歌いながら生活してゆこう。
 そうすれば、徒(いたずら)に混乱するようなこともなくなるだろう。
 6日は苗箱に土を入れ、7日はそこに種籾を蒔く(稲)。

 いよいよ農繁期がやってくる。

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この春は、たけのこがいっぱい出ています。
毎日食べていますが、出荷もしました。

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ふみ虫舎エッセイ講座傑作選 週刊ことば山
2025年5月6日号 アップしました。
https://note.com/fumimushisha/n/n0bc1468564c9

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