静寂の喧騒
5月19日
雨が落ちてきた。
「やったね」
と思う。
机仕事をしながら「庭の水やりをしなけりゃ、しなけりゃ」なる信号が、頭の片隅で点滅をはじめていたからだ。
わたしの代わりに水やりをしてくれて、雨よ、ありがとうありがとう。
きょうのわたしはちっとも土しごとをせずに、ここでこうして机にしがみついているだけで、ぼんやりとしか庭にも、その向こうにひろがる畑や田んぼにも目をやらないでいた。
立ってゆき、玄関の引き戸をがらりとあけて、降り注ぐものを見る。
静かだが、ほんとうはにぎやかなのだ。
「静寂の喧騒」なんて云ったって、伝わらないかもしれないけれど。
土のなかの種子、これから生まれようとする虫たち、昼寝のとかげ、夏にそなえて黙想している蝉たちも、見えないだけで、ここにいる。
あ、庭にところどころ、ちっちゃな盛り上がりができている。
もぐらだ。
このあいだホームセンターに行ったら、もぐら退治のクスリがあった。値札に「もぐらの穴に、ひと振り」と書いてあった。もぐらと聞くと、蚯蚓——この漢字、読めるだろうか。細長く茶色いあのひとだ。土にとって大事なあのひとたちだ——を思う。もぐらの生態をほんとうはよく知らないが、蚯蚓を好んで食べると聞いたことがある。
もぐらは土のなかで、植物の根を切ったりするから退治、となるのだろうが、それくらいなんだというのか。
ヒトなんか、もっと恐ろしいことを毎日何かしらしている。他の生物を気づかぬうちに……。ああ、ごめんなさい。
もぐらに困らされるひとのことも思わず、もぐらを知りもせず、ただ思うままをわたしは書く。だけどだけど、ヒトなんか、のつづきは書いておこう、読んでもらおう。
「ヒトの頭上に、ひと振り」とやられたって、ほんとは文句も云えない一面を背負って生きているわたしなのだと、わたしは思う。
5月22日
明け方机から身を剥がずことができたわたしは、少し眠って目を覚ました。
ぴくりとも、こころが動かない。こころが動かなくたって、起き上がって、身支度をしたり、冷凍した柚子のかけらをコップに入れて、そこへ湯を注いで飲んだりしているうちに……と思うが、身のほうものびている。
結局昼まで、ベッドの上でこころ動かず、のびていた。
こんな日もあっていいと思うのだが、ほんとうは近くのスーパー銭湯まで自転車に乗ってゆき、マッサージを受けたり、岩盤浴でねそべったり、露天風呂の「ねころび湯」でうたた寝したりできたら、よかったな。
昼過ぎ、ぴくりときたのだが、気がつかなかったことにして、夜まで眠る。
5月23日
瓦職人の山田さんの足音が、家のなかに伝わる。
山田さん、令和の改修工事ちゅう。
休憩の時間にお茶やお菓子を運んだり、立ち話をしたりするだけで、励みになる。同じ職人として、「わたしもこうしてはいられない」と思うのだ。
ところが、だ。
夕方山田さんが、
「これで、すっかり終わりました。お世話になりました」
と云うではないか。
職人さんのいる暮らしは、あるときとつぜん、終わる。
仲よくしていた友だちが、急に転校することになって、翌日はもう会えないという場面みたい。
明日山田さんに食べてもらおうと思って冷凍庫に入れておいた、アイスのみぞれ「白」をひとりで、むしゃむしゃ食べ、食べながら涙ぐんでいる。
そうして麦は、こんなに色づきました。
麦秋です。
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